中央本線は日本の中心都市、東京駅から、甲州街道、中山道に沿って延び、東海地方の中心都市、名古屋駅まで、400キロ超を駆け抜ける長大路線だ。
同じ区間を結ぶ東海道本線に比べ、山間部を走る中央本線は、緑の色が濃く、列車の中には大きなリュックを背負った「山ガール」や「山ボーイ」が目立つ。江戸時代からの伝統ある宿場町の廻りには、伝統的な家屋が建ち、往時を偲ぶ。
2011年10月8日・記
本州の北の果て、津軽地方。厳しい冬を知るだけに人々は短い夏を謳歌する。厳しい寒さの中で培われた津軽弁は独特の抑揚をもち、人々の心を温かく包みこむ。近海の海から届くごちそうに舌鼓を打ち、あふれ出る出湯を満喫した。
いつもとちがう友との旅は、改めて太宰治に出会い、津軽の歴史ある建物に出会い、おいしい料理と心地よい温泉に出会い、少しだけ趣のある駅舎にも出会い、ゆっくりとした時の流れを感じる3日間だった。
2010年9月10日・記
日本海の荒波の際に位置する石川県と富山県。もちろん海で獲れる海産物は絶品だ。同時に加賀百万石の伝統文化の中で、驛舎たちも重厚な姿を見せる。
飛騨山脈に沿うようにして、高山本線は走る。飛騨牛とさるぼぼと温泉と、そして沿線には木造驛舎。ノスタルジックな町には飛騨ならではの雰囲気が漂っている。
2009年9月27日・記
九州の中央で美しい姿を見せる阿蘇連山。それを挟み込むようにして九州を横断する2本の鉄道がある。阿蘇高原線と呼ばれる豊肥本線と、ゆふ高原線と呼ばれる久大本線だ。どちらも活火山の阿蘇山や由布岳から豊富に湧き出る温泉があり、観光地として名高い。
この2本の鉄道を中心に古い駅舎を巡る旅。豊前・豊後・筑豊に点在する古く味わいある駅舎を巡る今年の夏旅、題して「豊の国の驛舎を訪ねる」である。
2008年10月13日・記
駅には様々な「部品」がある。目立たずひっそりと佇む部品たちにも、それぞれにそれぞれの役目がある。そんな「部品」たちにスポットを当ててみたいと思う。
2007年11月18日・記
九州の南部、熊本県から鹿児島県にかけて、肥薩線という路線がある。肥後の国熊本と薩摩の国鹿児島を結ぶので、肥薩線だ。かつては鹿児島本線の一部として 九州の鉄道網を支えており、「汽笛一声・・・」の鉄道唱歌にも歌われている路線だが、海側が本線となった現在は肥薩線と改称してローカル線となった。しかし、開発から取り残されたローカル線であるゆえに、時代とともに歩んできた木造駅舎が今もなお元気に働く路線でもある。
2007年・夏旅、テーマは「歴史ある木造駅舎を見に行く」だ。
2007年9月15日・記
旅を終え、駅に降り立ったとき、そこには必ず停車場がある。ただ、そこに佇むだけの停車場は、旅人たちのさまざまな思いを黙って受け入れてくれる。旅の途中で出会った、そんなあなたたちの姿を、いつまでも心に留めたいと思う。
2007年5月6日・記
日本海に面した山陰本線の鎧駅と餘部駅の間に餘部鉄橋がある。海岸に添うように広がる集落を、40メートルの上空で鉄橋がまたぐ。季節によって、時間によって、また見る人によって、姿を変える美しい鉄橋は、約100年間の役目を終えようとしている。2007年春、付け替え工事が始まる前に、美しい姿を心に焼き付けようと思う。
2006年9月18日・記
とうとう湘南電車から、幼い頃の思い出をぎっしりと乗せたみかん電車が引退してしまった。みかん電車に感謝をこめて、ここにメモリアルページを作成する。
2006年3月17日・記
1956(昭和31)年に誕生した寝台特急あさかぜ号。ブルートレインの語源ともなる青い寝台車は、その豪華な設備から「走るホテル」といわれ、日本の高度成長期の旅行客やビジネスマンの長距離移動を支え、多くの人々にに愛されてきた。しかし、時代のニーズに合わなくなり、乗客は激減し、廃止されることになった。
寝台特急あさかぜ号、まだ乗ったことがない。そうだ、あさかぜに乗りに行こう。
2005年2月27日・記