《えびの駅編》
  
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嘉例川から隼人に出ずに、吉松に戻ったのは、吉松駅から出ている吉都(きっと)線に乗るためです。
ベンチに座って列車を待っていると、白いボディーにブルーのラインのキハがやってきました。ドアから車掌さんらしき人が現れて、手馴れた手つきでサボを交換してゆきます。一瞬、どれに乗るんだろ・・・と不安に思っていると、すかさず車掌さんから「どちらへ行かれます?」と声がかかりました。「都城です」と言うと、「じゃぁこれですよ」と返事が返ってきました。
13時55分、吉都線で次の目的地を目指します。
吉松駅から7分、三つ目の駅に到着しました。列車から降りたホームには、「えびの」と書かれた鳥居型の駅名標が立っています。
ホームからなだらかな坂を下ると、目の前に踏切が現れ、その先に灰色の瓦屋根を持つ駅舎が現れます。広い付け庇の下の縦羽目板張りの腰壁とハーフティンバーの壁、木枠の窓、もうずいぶんと見慣れた木造駅舎は、えびの駅です。
踏切を渡って、改札口に近づくと、木製のラッチが見えてきます。真ん中のラッチは修理をしたのか、そこだけが新しくなっています。
ラッチ越しに見えている窓口の様子も、これまでの木造駅舎と同じ造りです。
宮崎県えびの市に位置するえびの駅は、1912(大正元)年、加久藤駅として開業し、1991(平成3)年にえびの駅に改称されています。
駅舎正面の様子を見てみましょう。灰色の瓦屋根に下見板張りの壁を持ち、広い付け庇の下に入口があります。入口左側、駅執務室には木枠の窓がはめられています。
駅前はとても広く、さっぱりとしています。植木もきれいに刈り込まれて手入れが行き届いています。
左側に見える記念碑は映画「美しい夏キリシマ」のロケ地となったときの記念碑です。映画は太平洋戦争の時代を舞台としているため、その時代に合わせてアルミサッシや金属製のラッチを木製に戻したり等の手を入れ、現在の形になっているそうです。
駅舎を斜め右から見てみましょう。屋根妻部分の下見板張りがとてもいい感じです。妻側の窓は木枠ですが、壁は板張りではなく土壁のようです。
正面入口の様子です。縦羽目板張りの腰壁と茶色がかった土壁の入口は、先ほどの嘉例川駅に似た造りです。庇の上の下見板張りの壁に掲げられた駅名板は、白地に黒のゴシック体。JR九州のコーポレートカラーの赤で描かれたJRのマークが目に付きます。
入口からは改札口の木製ラッチが見え、その向こうに緑が見えます。
駅舎の中に入ってみましょう。入口の右側にある待合のベンチから、改札のラッチを見ています。左側に見えるのは低いカウンターの小荷物扱い所です。この右側に、切符売り場の窓口があります。木製ラッチの改札に差し込む光がとてもやわらかです。
縦羽目板張りの腰壁とハーフティンバー、木枠の窓の上の天井は高く、また、何もない待合室はとてもゆったりとした感じです。
切符売り場の窓口から中を覗いてみます。窓口の中、駅執務室には、思いがけず当時の風景を見ることができます。しかし、残念ながらきちんと保存されている様子もなく、映画のロケで使用したセットがそのまま放置されているだけのように見えます。もちろん、展示してあるわけではないので中に入ることはできず、窓越しにぎりぎり撮れたのがこの景色です。
人のいないえびの駅で1時間41分を過ごし、またキハに乗って終点の都城駅を目指します。
えびの駅から都城駅まではたっぷりと1時間15分かかります。4つの駅で1時間から1時間半過ごした後、心地よい疲れに包まれて、キハのごとごと音を聞きながら、うつらうつらと舟をこいでいたようです。
日も暮れかかった17時1分、列車は都城駅の駅舎から一番はなれた島式ホームに到着しました。
塗装の剥げかかった縦羽目板張りのホーム上屋がとてもいい感じです。
単式1面1線と島式2面4線をもつ都城駅は、かつては高千穂、彗星などの優等寝台特急が行き来した駅です。
吉都線のホームの隣、真ん中の島式ホームには水色のタイルの洗面台があります。長い旅を終えてホームに降り立った人たちは、洗面台の前で立ち止まり、鏡を覗いて身なりを整え、次の旅に備えたのでしょうか。
何台もの列車が行き交い、ホームには列車到着、発着の放送が響き、人々が思い思いにくつろぐ、あるいは歩き出す、そんなさわめきが聞こえてきそうな気がします。
宮崎県都城市に位置する都城(みやこのじょう)駅は、1913(大正2)年に開業しています。
駅舎を正面から見てみましょう。宮崎県第二の人口を擁する主要都市である都城市の代表駅らしく、シンプルですがなかなか立派な駅舎です。駅前の広場は広く、バスなどの行き来も頻繁です。規則正しく植えられたシュロの木が南国宮崎らしさを出しています。
真っ青な夏空の広がった空はにわかに曇り、スコールのような雨が降り始めました。
吉都線での都城到着はキハでしたが、ここからは日豊本線の電車に乗り換えです。黒いフェイスにシルバーのボディの鹿児島中央行きの列車に乗って、今日の宿泊地、国分駅を目指します。
一昨日、昨日に続いて肥薩線の残り3分の1、吉松駅から隼人駅を巡る予定でいました。しかし、吉都線にいい感じの木造駅舎、えびの駅があるこという情報をキャッチし、急遽の予定変更となりました。
吉松駅で入手した記念切符「息吹−時代を歩んだ、木造駅舎−」には、「木が息をつき、再び風が吹く」と記されています。
真夏の九州は思った以上に暑く、どこへ行くにも汗だらだらです。しかし、木のぬくもりに包まれたこれらの駅舎の中にいると、どこからか心地よい風が吹いてきました。
100年超、どの駅も静かに歴史を見守ってきました。そこに起こる事件をただ黙って見守るだけの駅舎たちは、だからこそ温かく、心にしみる風を吹かせることができるのでしょう。
どの駅も1時間以上の待ち時間、ここでも時間はゆっくりと流れ、飽きることのない時間でした。
2007年8月9日(木)