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さて、九州の旅のエピローグは往路と同じ寝台特急はやぶさ号です。帰りは大分から富士号に、そんなふうにも考えたのですが、どうにも列車の乗り継ぎがうまくいかなくて、帰りも熊本からのはやぶさ号に決めたのです。熊本駅の行き先表示には、「種別:寝台特急はやぶさ」「行先:東京」と表示が入りました。
40分前に到着し、帰りの列車の中で読む本を買い、夕食のための駅弁を買い、そうこうしている間に出発時間も近づいてきました。
忙しい時間の合間を縫って見送りにきてくれたお友達との別れを惜しみつつ、はやぶさ号の待つホームへと向かいます。
列車に乗り込み、B寝台ソロの9号車へ。切符の寝台番号を確かめ、ドアをあけて寝台に入ります。往路は1階の寝台でしたが、復路は2階。いっぺんにどちらの雰囲気も味わえてこれはラッキーと思っていたのですが、ドアをあけてすぐの急な階段に体がついてゆきません。ハイテンションな旅行中は気付かなかったのですが、体は正直なもので、疲れはかなりたまっていたようです。
東京から乗ったときは、寝具の下にキーが置いてあったのですが、熊本からの乗車時にはいくら探しても見つからず、それが疲れに拍車をかけました。後でわかればなんてことない、JR九州ではキーは検札にきた車掌さんから受け取る仕組みだったというわけで。
いずれにしても列車は走り出しました。ダブルデッカーの2階席から見る車窓の景色は、窓が高いだけあって遮るものがなく視界良好です。
熊本駅を出てしばらくした頃の田園風景です。
今夜の夕食も列車の中、ということで、熊本駅で駅弁を調達。駅舎側の1番線ホームに並ぶ駅弁屋さんの中から、おいしそうにゆげを立てたセイロの上の「うなぎのセイロむし」を選びました。
炊き込みご飯の上に乗せられたうなぎの蒲焼は器ごとセイロで蒸され、ほどよくほかほかです。
列車の発車は16時。夕食には少し早いけれど、せっかくのほかほかがさめちゃうし、と、30分後には夕食にしてしまいました。
熊本駅を出たはやぶさ号は、大牟田、久留米、鳥栖、博多、小倉と停車して、約3時間後に門司駅に到着しました。門司駅では大分からやってきた富士号との連結作業を行います。
どっちにも走れる、どっちとも繋がれる電車と違って、機関車が客車を引く寝台特急はどうやって連結するんだろうと興味津々、ホームに降りてみます。
はやぶさ号が到着したのは6番線。はやぶさ号単独の機関車はすぐに切り離され、変わりに交直両用の機関車がやってきます。機関車の交換が済み、さてこれからどうするのかなぁと見ていると、ホームに降りた乗客を残したまま赤い機関車は突然走り出しました。この時点でかなり動揺。
はやぶさ号が去っていた下関方面の引込み線から、さっき切り離されたはやぶさ号単独のヘッドマークをつけた機関車がやってきて、5番線と隣のホームの間の中線を博多方面へ走り抜けて行きました。
おやおやとあわててシャッターを切った写真には、ホームの先端の「交換切替」の看板が写っていました。
再び呆然と赤い機関車を博多方面に見送ると、5番線ホームのずーっと博多寄りにまた別の機関車の姿が。なんだろうと思ってよくみれば、これが大分からやってきた連結仲間の富士号でした。
富士号の単独ヘッドマークは富士山の形をしてるんだねぇと感心しつつまた記念撮影。
富士山マークの赤い機関車もまもなく切り離されて下関方面の引込み線へ。そこには富士号のヘッドマークをつけた青い客車が取り残されたように停まっていました。
するとそこに、さっき私たちを置き去りにして出て行ったはやぶさ号がお尻を向けて入ってきました。交直両用機関車に後ろから押される形です。
あれよあれよというまに富士号のヘッドマークをつけた客車の先頭と、はやぶさ号のヘッドマークをつけた客車のお尻が連結されました。
このようにして関門海峡用の赤い機関車に引かれるはやぶさ/富士号はできあがり、呆然と感動の入り混じった私たちを乗せて本州へ向けて出発したのでした。
時間にしたらおよそ20分間の鉄道ショーでした。
まもなく、列車は海峡を越えて下関に到着しました。ここでもまた機関車の付け替えです。
往路では取り逃がしたはやぶさ/富士号併結のヘッドマークがここでなら撮れるかな、とまたホームに降りてみたのですが、機関車はホームの先からはみ出した状態で停車しており、これじゃぁ撮影は無理ね、とホームを先頭から9号車まで歩いてきました。
ホームの中ほどに、あさかぜでの旅のときにも見た洗面台を発見したので、思わず立ち止まって撮影。この類の洗面台を見るたびに、内田百關謳カの阿呆列車を思い出し嬉しくなってしまうのです。
下関を出発したのが19時27分、もうとっぷりと日も暮れた頃です。それから列車は、厚狭、宇部、新山口、徳山、下松、柳井、岩国、広島、尾道、日付を変えて福山、岡山と停車し、客扱いを停止して深い眠りに入ります。夜が明けて最初の客扱い、名古屋を過ぎるあたりから少しずつ眠りから覚め、活動を開始します。
日にちをまたいだ11日の早朝、浜松少し手前の車窓の風景です。少し雲が厚いかなという感じの一日の始まりです。
7時26分の静岡を過ぎると、車内販売が始まります。乗客が多いので、何号車かの売店での販売をすると放送が入りましたが、わざわざ行くのも面倒なので、売りに来てくれるのを待つことにしました。
しばらく待っていると通路から声がしだしたので、ドアをあけて顔を出し、往路と同じサンドウィッチとコーヒーを購入、朝食にしました。
往路は下松、復路は静岡、場所が違えばお弁当会社も違うのでしょう、同じメニューでも微妙に違うようでした。
静岡を出たら富士、沼津、熱海、横浜、そして終点東京とあとわずか。東京着は9時58分、それまでは本を読んだり音楽を聴いたりしてのんびりと過ごします。
2007年夏旅、旅立ちに先立って準備した切符はこれだけ。寝台特急はやぶさ号の東京−熊本間のB寝台ソロ1枚。寝台特急はやぶさ号の熊本−東京間のB寝台ソロ1枚。東京−熊本間往復乗車券1セット。青春18きっぷ1枚。そして肥薩線しんぺい号の吉松−人吉間指定券1枚。
どの切符にも、ステキな思い出がたくさん残りました。
趣のある駅舎が見たくて、九州に渡った旅でした。歴史ある古い駅舎たちは本当に美しく、どの姿もしっかりと胸に刻みました。でも、それ以上に、たくさんの出会いがあった旅でした。
古い駅舎を愛し一生懸命面倒を見る人、旅の途中で偶然に袖ふれあった人や同じ趣味を楽しむ者としての楽しい話を聞かせてくれた人。そして時間を裂いてわざわざ会いにきてくれた人。
たったの7日間の中に、たくさんの一期一会があった旅でした。
旅の思い出の品々も少しだけ紹介しましょう。
訪ねた趣ある駅舎に関する記念切符です。
左側から
『息吹−時代を歩んだ、木造駅舎−』大隅横川駅・嘉例川駅・えびの駅 各入場券と乗車券
『幸福の鉄道乗車記念切符』鶴丸から真幸ゆき(吉松経由)
『山あいに囲まれた心癒される空間 嘉例川駅』嘉例川駅入場券
『真幸駅普通入場券』真幸駅入場券
上段
『足に地をつけ努力し まず一勝を』一勝地駅入場券
いさぶろう・しんぺい号乗車時にいただいたパンフレットです。
左側のものは、広げるとイラストマップになっていて、肥薩線・くま川鉄道の沿線の観光スポットなどがかなり細かく書き込まれています。
右側のものはスタンプ帳になっていて、いさぶろう・しんぺい号、はやとの風、九州横断鉄道の車内に置いてあるスタンプを押す欄が設けられています。各列車の沿線情報や車内の様子なども豊富です。
肥薩線沿線、特に人吉は球磨焼酎(くまじょうちゅう)で有名なところです。人吉の風土・気候、そして球磨川に流れ込む清流のきれいな水と伝統に磨かれた純米の焼酎は絶品・・・なのだそうです(残念ながら私は下戸なのでよくわかりません)。
お酒好きの家族と友人のためのお土産です。
鉄道の町、吉松駅。駅から少し歩いたところに「みやした菓子舗」はあります。お店の横には小さな客車が停まり、腕機式信号機があり、壁には青い客車を引っ張る蒸気機関車のパネルが掲げられています。みやした菓子舗の「汽笛まんじゅう」は、鉄道の町の名物です。私も自宅用に購入し、宅配で送ってもらいました。
気のいい女将さんは、お茶を出してくださってあれこれお話してくださいます。「この包装紙で包んでお届けします」と包装紙を広げて説明。かわいらしい汽車のイラストの間に書き込まれているのは鉄道唱歌の一節で、肥薩線を歌っている部分の歌詞だとか。
届いた包みは丁寧に紐がかけられ、手書きのメッセージが添えられていました。
中にはこんなふうにかわいらしい赤い包みのお菓子が入っています。揚げまんじゅうということですが、お饅頭というよりは、小さなあんどうなつといった方が近いかも知れません。
とびきりおいしいお菓子というわけではないけれど、温かみのあるお菓子だなと思うのは、お店で応対してくださった女将さんを知っているからかも知れません。
2007年8月10日(金)〜11日(土)