《画像クリックで大きくなります》
今年の夏旅はどこにしよう、考えた結果、九州の古い木造駅舎たちを見に行こうと決めたのは、春の18きっぷのシーズンが終わった頃だったでしょうか。
どうやって九州に渡ろうか、あれこれ考えた結果、寝台特急「はやぶさ」を選びました。
出発の日、はやぶさ号は定刻どおり東京駅に入線してきました。
前回のあさかぜ旅行では、開放寝台でしたが、今回はB寝台ソロ(個室)の寝台券を確保、大きく「SOLO」と書かれた、この扉から乗り込みます。
列車は午後6時2分、定刻どおりに東京駅を出発しました。
出発の1時間前には東京駅に着いて、列車の中で過ごすため、若干の準備をします。夕方の出発のため、夕食は列車の中、となると、まずは駅弁。
地下通路のお弁当屋さんで、NRE(旧・日本食堂(株))の「チキン弁当」を購入しました。
実はこの駅弁、もう何日も前からはやぶさ号の中で食べようと決めていました。東京駅のチキン弁当、私の記憶に残る一番最初の駅弁なのです。
中身はケチャップ味のチキンライスとチキンの唐揚。レモンとドレッシングが添えられています。そして小袋にはデザートなのか、甘いドライフルーツ。
シンプルな組み合わせは近頃の華やかなお弁当郡にあってはありきたりで、これといって特筆すべきところはありません。でも、あの日、新幹線の中で食べた母が買ってくれたチキン弁当、嬉しくて、おいしくて夢中になって頬ばったあの味と、今日、はやぶさ号の中で食べたチキン弁当の味は、何万時間もの時を越えて完全に同化したようでした。
あの頃のチキン弁当は2段式だったな、とか、箸じゃなくてプラスチックの先割れスプーンがついてたんじゃなかったかな、とか、チキンは骨付きで、ほねを思い切りかんじゃって歯を痛めて泣きべそかいたんだっけな、とか、あれこれと思い出し、しばしノスタルジーに浸ったのでした。
はやぶさ号はその日のうちに横浜、熱海、沼津、富士、静岡、浜松、豊橋、名古屋、岐阜と停車し、日にちを超えて京都、大阪と停車したあと客扱いを停止し、ベッドの中の私たちを乗せてひたすら走り続けます。
早朝5時21分、客扱いの最初の駅、広島駅に到着しました。ゆっくりと眠りから覚めた駅構内では、もう列車たちが旅立ちの準備を進めています。
瀬戸内色に塗られた115系列車は、ヘッドライト、テールランプを点灯し、出発前の点検に余念がないようです。
広島駅を過ぎ、しばらく行くと、進行方向左側(通路側)に瀬戸内海が見えてきます。
2年前のあさかぜの旅で見た朝日に輝くあの海をもう一度、と思い、窓の外を眺めてみますが、夏の夜明けは早く、6時前にはもう明るくなっていました。しかも、それまで晴れ渡っていた空は、広島駅を出た頃からにわかに暗くなり、雨も降ってきました。
折りしも8月6日、原爆の日。62年前のあの日、犠牲になった方々の涙雨に思えてなりません。
岩国を過ぎ、柳井、下松と停車した頃の反対側の車窓の様子です。
育ち盛りの水田は、緑色も鮮やかに、のびのびと広がっています。
朝7時前、徳山駅を出ると、車内販売が始まります。
ワゴンを押しながら回ってきた販売員の方から、サンドウィッチとホットコーヒーを購入、朝食にしました。
列車は徳山を出ると防府、宇部と停車したあと、本州の端っこ、下関駅に到着します。
「下関駅では機関車の付け替えを行うため、6分ほど停車します」との放送が入り、ちょっと様子を見てこようかなとホームに降りました。
3号車の扉からホームに降り、先頭に向かううちに、東京駅から14時間半、客車を引っ張ってきた機関車は切り離され、はやぶさ/富士併結のヘッドマークを撮影しなきゃ、と思ったときには留置線に引き上げるところで、機関車は小走りに走って追いかける私の目の前をあっというまに走り抜けて行きました。
付け替え用の機関車が到着するまで、客車はその場に佇んでいます。
機関車の到着をまつ作業員の方も、気持ち手持ち無沙汰なかんじです。若いパパさんは小さな坊やと切り離された客車を眺めます。
機関車がやってくるまで、客車のヘッドマークでも撮りましょうか。
青い機関車が走り去った方向から、付け替え用の赤い機関車が入ってきました。
下関駅の次、門司駅で電流が直流から交流に変わるため、そのひとつ手前のここ下関駅で交直両用の機関車に付け替える必要があります。下関から門司までは関門トンネルをくぐり海の底を走るので、かつては塩害に強いステンレス製の銀色の機関車が使われてそうですが、その姿も今はもうなく、赤い機関車がその任を担います。
たった一駅の重要な任務を、赤い機関車は担うのです。
海を渡った門司駅で、大分行きの富士号と熊本行きのはやぶさ号は切り離され、それぞれの単独ヘッドマークのついた機関車に牽引され、それぞれの終着駅を目指して行きます。
はやぶさ号の終着駅は熊本駅、当初はそこまで行くつもりでした。しかし、ここでふと思い直して小倉、博多の次、鳥栖駅で降りることにしました。終点熊本まで1時間を残し、午前10時28分、鳥栖駅に降り立ちました。
東京駅から約16時間半、とうとう海を渡って九州にやってきました。
すたれるばかりの寝台特急、きっとがらがらだろうと乗り込んだのですが、予想に反して満席でした。B寝台ソロは個室だけに静かでしたが、開放寝台はそこそこににぎわっていて、とても楽しそうでした。
寝台特急は決して寝心地のよいものではないけれど、何人もの鉄道を愛する人たちに支えられ、見守られる温かさが心地よいのかな、と、青い客車の赤いテールランプを見送りながら思ったのでした。
2007年8月5日(日)〜6日(月)