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岡山で一泊し、18きっぷの旅、3日目を迎えました。3日目は、播但(ばんたん)線と小浜(おばま)線に乗ろうと思います。
岡山のホテルを出たのは朝7時前。今日もすっきりと晴れ渡っています。
繁華街にあるビジネスホテルを出て駅に向かうとき、その目抜き通りにこんな光景をみつけました。これが岡山を走る路面電車、おか電、ですね。ブルーの車体にポップな新幹線のラッピングが、今日の一日を暗示しているようで、楽しい気分になりました。
通りをまっすぐ歩いて行くと、岡山駅にぶつかります。
新幹線も停車する岡山駅は、それに似合った立派なビルでした。
岡山駅で、播但線の始発駅、姫路駅に向かうため、赤穂(あこう)線を待ちました。朝のラッシュは岡山駅に向かってくるのがほとんどなのか、7時過ぎはまださほど混雑した感じはありません。列車を待っていると頭の上のスピーカーから突然陽気な音楽が。にぎやかな音楽はやがて「も〜もたろさん、ももたろさん・・・」と歌いだしました。
そうそう、岡山は、桃太郎の生まれ故郷でしたね。
岡山から乗った赤穂線は、播州赤穂(ばんしゅうあこう)駅で一回乗り換えて、姫路駅に到着しました。これから乗ろうと思う播但線は、高架化されている山陽本線などとは少し離れたところの地平駅に、姫新(きしん)線とともに設置されています。
ともに姫路駅を起点とする播但線と姫新線がひとつのホームを4つに分けて使用しているという形で、ちょっと複雑な形式になっています。
播但線側ホーム、33番線の外側の留置線には、かつて京浜東北線を走っていた懐かしい水色の103系0番台の列車が停まっていました。朝の通勤ラッシュ時のみ応援にに駆けつける列車だそうで、朝9時過ぎ、役目を終えて羽根を休めていたようです。
懐かしい水色の電車ですが、車体の傷みも激しく、きれいな水色はところどころ色あせてしまっていました。
播但線と地続きの姫新線の0番線は、切欠ホーム(ホームの一部を切り取って、そこに行き止まりのホームを設けた形)になっていて、播但線とはお互いにおしりを向ける形になっています。
0番線に入線していた姫新線は、キハ40系の列車で、国鉄色に近いベージュとオレンジがとてもよい感じです。
姫新線もなかなか味のあるローカル線で、古い木造駅舎の姿も見られ、魅力的です。今回は無理だけれど、次の機会には是非乗ってみたいと思っている路線のひとつです。
先に出発する姫新線を撮影して、また播但線の33番線に戻ってきました。
出発の準備を整えて停車しているのは、播但線の電化区間(姫路〜寺前)を走る103系3500番台の列車です。
関東地方ではお目にかかれない、紅色がちょっと不思議な感じです。
午前9時59分に姫路駅を出発し、京口(きょうぐち)、野里(のざと)、砥堀(とほり)、仁豊野(にぶの)、香呂(こうろ)、溝口(みぞぐち)、福崎(ふくざき)と乗って、甘地(あまじ)駅で降りました。
甘地駅は屋根の形が変わっていて、一方が切妻、もう一方が寄棟になっています。石段をトントンと登った先の三角のファサードが、とてもよい感じです。
駅長さんは、委託の方らしく、乗客の方たちがやってくるたびに「こんにちは」と挨拶をされ、観光客の方の相談や、切符の買い方の相談などにも気軽に応じていらっしゃいました。
また、私の下車印だらけの18きっぷを手に取り、「ほほぉ〜」としばらく感心して眺めておられました。
三角ファサードから、改札の向こう、ホームに停まる103系列車を眺めてみます。グレーの瓦と小さな鬼瓦、小さく控えめな駅名板が、好印象を与えます。
改札越しの103系列車の、ドアのガラスの周りが黒く塗り分けられているのが、単色を見慣れた関東在住の目にはおもしろいものでした。
例によって甘地駅でのんびりと1時間余りを過ごし、同じく赤い103系列車に乗って、次の駅を目指します。
次の駅を目指す前にやらなくてはならないことがあります。それは電化から非電化への乗り換えです。
甘地から鶴居(つるい)、新野(にいの)と乗って、乗換駅の寺前(てらまえ)駅にやってきました。103系列車が入線したホームの向かい側では、山陰本線の餘部付近で乗ったのと同じ、赤に松葉色のアクセントのキハ40系が待っていました。
寺前駅から乗ったキハは、長谷(はせ)、生野(いくの)、新井(にい)、青倉(あおくら)と停車して、その次の竹田(たけだ)駅に到着します。
竹田駅で降り、2本から1本に合わさった先の線路に小さくなって行く列車を見送ります。
米粒のように小さく小さくなって行くテールランプの赤い光が、列車が去るときの寂しさに重なります。
竹田駅に降り、ひとまず改札を出てみます。
正面から見た駅舎の姿は圧巻でした。あまりにも堂々としていて、声も出ない状態でした。
黒くつやつやと光った瓦屋根と、堂々たる高さ。磨きこまれた茶色い梁を見せる白い壁、そして柔らかな木製の腰壁に、眼を見張る思いでした。
正面入口から、駅舎の中を見てみます。
堂々とした美しい駅舎の姿に、無駄な言葉はいらないような気がします。
入口から左側に見えるのは、切符売り場で、カウンターの向こう側には委託の駅長さんがいらっしゃいます。
切符を買いに来るお客さんに、「和田山行きはまだまだ来ないよ」等、気さくに声をかけていらっしゃいました。
黒檀のような壁が重厚な感じがします。
改札をはさんで右側は待合室です。
さすがに窓枠はアルミサッシのようですが、それ以外はどっしりとした重量感のある木造です。
ホームは対向式2面2線です。右側駅舎側が寺前方面行き、左側待合室側が和田山方面行きホームです。
和田山方面行きホームはかつては島式で2線あったようですが、後からはずされた形跡があります。
広くて長いホームに、寺前方面行きの赤いキハがゆったりと停車します。ここもまた、深い緑に覆われた山と、白い雲がぽっかりと浮いた真青な空に、重厚な木造駅舎と赤い小さな列車が美しくマッチします。
駅舎を和田山方面行きのホーム側から見てみます。
瓦屋根は途中から葺き替えられているのがわかります。木製の腰壁と白い壁に、プラスチック製の青いベンチがかわいらしくマッチしています。
竹田駅の近くには竹田城址があります。城下からはかなり高いところにあり、またしばしば円山川からの川霧に霞むことから、「天空の城」という異名をとってます。城址と言っても天守閣はなく、石垣だけが残されている状態ですが、逆にそれが神秘的な状態を醸し出しているようで、「日本100名城」にも選ばれています。
そのお膝元の竹田駅の駅舎にも、その雰囲気を持たせているのかも知れません。
竹田駅からまた列車に乗って、お隣の終点和田山(わだやま)駅までやってきました。
和田山駅には播但線の他に、山陰本線も通っています。そういえば京都からの第一日目、福知山から城崎温泉へ行く間に通っているはず。生憎記憶にはまったくないのですが、とにかく初めての駅ではなかったようです。
ここからは一旦福知山へ戻るため、山陰本線のホームにやってきました。山陰本線のホームから見た播但線のホームです。赤いキハとJR西日本のコーポレートカラーのブルーの駅名標、そしてブルーのプラスチックのベンチが、ここでもよくマッチしています。
山陰本線のホームから、播但線のホームとは反対側に視線を転じると、線路の向こう側にこんな建物が建っていました。
右側のレンガ造りの建物は機関車用の車両庫、左側の塔は給水塔だそうです。車両庫は1912(明治45)年3月に建築されたもので、1991(平成3)年3月に機関庫が廃止されてからは倉庫として利用されているのだそうです。
レンガ造りの建物と周りの景色のコントラストがなんとなく気に入って何気なく撮影した建物ですが、後で調べてみてこんなにすばらしい鉄道遺産だったことを知り、ちょっと得した気分です。
もう一度播但線のホームに目を向けると、特急はまかぜがやってきました。大阪からやってきた列車は、姫路から播但線を経由して、山陰本線の鳥取を目指すのでしょう。
山陰本線と山陽本線をつなぐ播但線は、陰陽連絡線の任を担い、山陽本線(神戸線)不通時の代替路線の候補に挙げられ、姫路−寺前間は電化を完了しました。しかし、寺前−和田山間は断面の狭いトンネルが数多く存在し、電化するためには大規模な改良工事が必要になるため、電化が遅れており、結果としてその東側に位置する加古川線が代替路線と判断され、電化が完了して現在に至っています。
播但線の沿線には、早期電化を願う垂れ幕なども多く見られ、沿線住民にとっても電化は悲願のようです。
住民の願いが叶うといいなと思う反面、のんびりゆったりのローカル色も消えて欲しくないな、と身勝手な旅行者は思うのです。
2006年8月23日(水)